2024年05月


暑い。いつの間に日本はこんなにも暑くなってしまったのか。昨年の夏はとても暑かったが、たまにある上振れというよりかは、これが通常になっていくらしい。地球温暖化が叫ばれて久しいが、ちゃんと温暖になっていかないとおかしいもんな。Tシャツや短パンが着られてうれしい、ととらえよう。

なんか1日中ポケモンに振り回されていた。楽しそうにポケモンを語るバンビーさんを見ていると、もっといい構築があるんじゃないかと、コロコロコロコロ構築に変化を入れたくなってしまう。しかし、サブロムに切り替えたとたん、ぱったりと勝てなくなってしまった。これがただの運なのか、知識不足なのか、それとも構築の完成度なのか。まったくもってピンと来ていないのが、ツラいところである。なまじハマって勝てる時もあるのがまた難しい。

簿記も、差異を求める問題でアーっとなった。このボックスでもシュラッターでもない、はみ出たところ図はなんやねん。せめて名前をくれ。でも、時間差異と賃率差異、数量差異と材料差異がかなり明確になってきたので、偉い。偉いとさせてもらおう。

最近、「袖振り合うも多生の縁」という言葉をよく感じる。外の庭をいじっている人、道ですれ違う人、信号待ちでいっしょになる人、それぞれ仲良くなる可能性はあるけど、それをつかみ取る行動はしない。それって、なんとなく不思議だなぁと思う。「友達よりも仲間を作った方がいい。」「仕事や役割でつながらないと人は離れていく」とか、いろいろな言葉が人同士の関係にもあるが、どれも正しいし、どれも正しくない。その時その時、自分が反射でどう感じるかによるんだよなぁ。

※ 追記「袖振り合うも多生の縁」は、本来「身近な人でも、出会った人は多少(前世)で縁の会った人と出会っている必然の出来事である」という意味で、本文では「身近な人でも多かれ少なかれ縁が生まれた相手なのだ、偶然の出来事を大切にしよう」という誤用をしている。ただ、このブログに書くときに意味を確認してまた一つ知識が増えた。これもまた、縁である。


頼もしい、一歩。


ニチアサもほどほどに買い物へ。ブンオレンジあやしすぎるだろ。絶対寝返るヤツだこれ。これまでのストックがけっこうあったので、いつもよりも値段はひかえめだった。買い物と料理がガンガンうまくなっていく。

昼はペペロンチーノ?普通のペペロンチーノの作り方に、おいしいカンジで炒めたベーコンと新タマネギをぶちこんで、家でとれたばかりのベビーリーフも加えてあえたヤツは、もはやペペロンチーノではないかもしれない。でも、ニンニクとタマネギのうまみが全体をひっぱり、めちゃくちゃうまかった。朝作ったポトフと合わせて、めちゃくちゃ洋風レストランだった。

ドラマをとりあえず毎週録画しているが、もはやたくさん録画しすぎて追うことができなさそう。 ただ、バカリズムが出役のやつはやっぱりおもしろかったので、コレだけは続けると思う。脚本オークラって、放送作家の人だよね。バカリズムのところだけコントみたいで、そんだけでも見る価値ありだった。

子どもが夕方から寝てしまった。その分余裕をもって夕方を過ごすことができた。洗濯たたみに、親子丼作り。まあ夕飯に米パンパスタは食べないので、アタマだけ食べる形になったが。クラシルの野永シェフの料理を全部作るのが、とりあえずの目標みたいになってる。明日はパラパラ焼飯をリメイクしてみようと今から楽しみだ。

もんのすごい久しぶりに1人で風呂に入った気がする。子どもにどうしても振り回されてしまうので、これはこれでいいカンジだった。明日は簿記をしよう。


頼もしい、一歩。

朝、すばらしいスタートで家を出発。前からずっと行きたかった『キボリノコンノ展』に着いた。なかなかな盛況で、並んで展示を見なければならないくらい人がいた。写真を撮るのだが、この展示の見どころは実は「ホンモノ」にあると思っていて、写真でどう見てもホンモノ、実物もうっかりするとホンモノ、だけど寄って見るときちんと絵の具で色がつけてあるのがわかる、というのが、本当に言葉にできないおもしろさがある。最近、節約も頑張っているので、グッズを買ってしまった。妻がこんなにスラスラと展示に見入っているのを久しぶりに見た。芸術のインスピレーションが湧いた、らしい。

そのあと散歩道を歩いて、前に買っておいたパンを食べてランチ。やっぱりウインナードッグみたいなやつがうまかった。カリカリよりフワフワがうまい。あと、外で食べるというだけで1.5倍くらいうまくなる。子どもも興奮しながらたくさん歩き、たくさん食べていた。

家に帰ってから、みんなで昼寝。不思議ともったいないなーとは感じなかった。お日様に当たって、思ったことをしゃべっていたのがよかったのかな。車屋からの電話をとれたのも、ナイスだった。

妻の作ったチーズタッカルビ、めちゃくちゃうまかった。絶妙な味の濃さで、濃すぎて食べられないわけじゃないのに、ちゃんとチーズたっぷりでうまかった。大皿いっぱいのタッカルビをスルスル食べたら、便もスルスル出た。ちなみにみんな便が出たらしい。シモの話になったところで、明日を楽しみに床につくことにしよう。


頼もしい、一歩。


チャプチェがめちゃくちゃうまくいった。と言っても、レシピからほぼアレンジなしだが。そして、料理がうまくいくコツはアレンジしないこと、なのだが。あの、タレが底に染みた春雨は、なんでこんなにうまいんだろう。あと、触感で言うと、肉はいらなくて、代わりにもやしを入れたが、これが大当たり、ピーマンともども細長くカットして、口当たりがとってもよくなった。

なんとなく、日光に当たりたいのか、ベランダで日向ぼっこをした。はっきり「いい」とは感じないが、なんだか気分がいい。気分がいいことは、いいことである。

トレーニングのバトルジム、腕系のトレーニングばっかりで疲れた。でも、肩こりにはこれが一番よく効くんだよな。あと、運動負荷30になったら時間が長くかかるようになってきたので、コマ数というか、ステージ数がロクに進まない。ゲームの寿命が長くなって、いいカンジ。

最近、学校とか、家族のことが本能的に嫌いだったんじゃないかと思う。そして、自罰的に、嫌なことは引き受けるべき、嫌な場に行ってこそ成長する気持ちがこれまでなぜか正当化されてきたんじゃないかとも思う。苦手なものは順当に苦手、やっても負担にならないものは、たくさんやって大丈夫、そんなシンプルなことが、ゆがめられてしまっている、いや、いた。シンプルに考えられれば、仕事なんて、バイトなんて、大学の時はテキトーに応募してテキトーに採用されて、テキトーに働いていたよな。パートでもなんでもいいや。


頼もしい、一歩。


無意識は他の人と呼吸を合わせてそろえるものらしいが、「表面の自分」と「その自分を認知している自分」の 呼吸をそろえれば、まあもう無意識モードに入ることに気づいて、ずーっとニュートラル、すぐ始められるし、すぐ止められる、そんな状態だった。いいとか悪いとかではなく、とにかく無。なので、あったこととか気持ちを書く。

午前は簿記。原価計算、ボックス図はマスターした、と言える。丸ばかりになってうれしくなった。あとは差異を求めるシュラッター図と、決算の書き方だけ、まあそっから商業があるんだけれど。ゆっくりやるさ。

朝は神社に参って、午後は業務スーパーで買い物。調味料をそろえた。キャッシュレス決済で2%オフの2%が、一部にしかかかってないんじゃないかとレシートをにらみつけたが、別に何か変わるわけでもなし、今さら言いに行く元気もなし。明らかに金額に釣り合ってない物量を買えたので、まあいいことにする。

粒マスタードを鶏むね肉に使ってみた。めちゃくちゃうまいやんけ!鶏に飽きかけていたので、とってもよかった。続けるうえで飽きは避けて通れない課題である。その解決策の一つになるのは間違いない。

スプラ、96ガロンデコが楽しい。ちょっとしばらくこの武器使うか。テイオウイカとシールドというサブスぺに、リーチの押し付けができるメイン、バケツのコソコソとは違う楽しさ。


頼もしい、一歩。

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