野球って1年間140試合やる。もちろん分析が進むなどはあるのだろうが、140試合同じ作戦で戦う必要はない。ないのだが、必ず変える必要もまた、ない。ザクレイが言っていたが、格ゲーがジャンケン構造になった時にはじめて、読み合いというものが始まるわけで、めっちゃ強いグーでパーに勝っているなら、ずっとグーを出し続けるのが最善手になる。つまり、読み合いになるのにも、ある程度のレベルの高さが必要になるのだ。何が言いたいのかというと、同じことをやり続けることを合法化する言い訳はたくさんあるから、恐れずにワンパターン戦法を使おう、ということだ。ワンパターンが磨かれて、とてもよいものになることもある。
毎年毎年同じようなことをしているが、全く成長していない。もしかして、一時期の「圧倒的成長」というキャッチフレーズが流行ったのって、みんなは圧倒的成長なんてしていないから流行ったのだろうか。そして、圧倒的成長やてしなくても仕事になるし、損をしたのは圧倒的成長しなければダメになる、と自己否定に打ちのめされた、自分を含む一部の人間だけなのだろうか。なんだか割に合わないなぁ。人間らしところを見せてもよい、とはよく言うが、みんな圧倒的生産力を手に入れるために勉強していたのではなかったのか。少なくともぼくはそうだった。どうやら、いつの間にか貪欲に貪欲を重ねる時代は過ぎ、定常とか、恒常とか、そういう言葉が似合う時代になったらしい。
頼もしい、一歩。