ある人は言う。「成長のない人間はばかだ。」ほとんどの人はそういう風には成長しているに見えない。自分は「成長しなければ価値がない、以前と、何かを変えなければ続けている意味がない」、そう呪いをかけ続けてきた。しかし、そう思い続けている人は少数派か、実際に行動の変化につなげられている人が少ないだけか、とにかく前はこうした、それをずーっとブラッシュアップしていない人というのは、たくさんいるのだ。そんな人がたくさんの中で、ほとんどすべてのモノを変え続けようという人はなかなかいるものではないし、変え続けようという周りに変える気がないという引き留め役がいる状態では、それはそれは変え続けることは面倒な気がする。ぼくは毎年、イチから変えて思考を止めることなく、上昇していきたかったのだが、あまりにも大変すぎるのだ。
断っておくが、これは堕落とか、怠惰とか、そういう言葉ではない。強いて言うなら「足並みをそろえる」とか「レベルを変えない」ということに近い。もっともっと急成長することが、できないわけではないが、非常に強い抵抗力が働くということがわかった。また観察を続けるが、自分も大したことはないが、周りは輪をかけて大したことはない。タダの人間なのだから、自分はもう少し堕天した方がよいのだ。
そういうのを、短く表した言葉がある。「上善如水」である。水のように、上から下に慣性をつけて流れるのである。
断っておくが、これは堕落とか、怠惰とか、そういう言葉ではない。強いて言うなら「足並みをそろえる」とか「レベルを変えない」ということに近い。もっともっと急成長することが、できないわけではないが、非常に強い抵抗力が働くということがわかった。また観察を続けるが、自分も大したことはないが、周りは輪をかけて大したことはない。タダの人間なのだから、自分はもう少し堕天した方がよいのだ。
そういうのを、短く表した言葉がある。「上善如水」である。水のように、上から下に慣性をつけて流れるのである。
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