カテゴリ: 日記


夕飯のカレーをもう作っていたので、時間を考えずに歩いて図書館に行く。『生きているけど、死ねもしない』みたいなタイトルの本があるかなぁと思ったらちゃんとあった。大学教授になった哲学者の人が、4人の若者と対話する形式で流れていく。生きる気力が湧かないが、死ぬ気力もない、ひたすら問答を見ているだけで、自分がどうなるか、心が変わっているような気も起きない。今、ふり返ってみても、何も心に残っていないことが再確認できた。結局、生きていたら何かの目的や目標に当たる、というのが結論っぽいもので、もしこの考えを突き詰めたいのなら、大学教授になるしかない、ということでしか、記憶に残っていない。

『DEATH』という、イェール大学で23年間、最も評価の高い講義という触れ込みの本も半分くらい読んだ。死というものの、全てを考えた上での公平な考えを書き連ねられている。人生の意味については、後半で語られるようなので、もう少し読み進めなければならない。

夕食に玉子とウインナーを焼いて、子どもと妻に食べてもらう。なぜ、生きるのか。ちっぽけな人間の、ちっぽけなよろこびに、果たして意味はあるのか。今は、どう考えても意味がないとしか思えない。もちろん、幸せを追うこと、成長し続けることが意味あることだと、心から思えるのなら、それでいい。けれど今は、くだらないヒトの、くだらない生において、どんな生き方をしても同じだろ、と思う。料理も風呂掃除も頑張っている。生活を頑張れるのは、病気をどうにかすることができているからなのだろうか。とっとと、安定したい。自分を信じたい。


頼もしい、一歩。


自分は無気力、そこから脱出できていない。朝に水やり、カレー作りをした後、youtubeを流しながらぼーっとし続ける。昼寝もできない。午後には髪を切って、トマトとラベンダーを買って、植えた。心の中ではやる気がないが、表向きはきちんと動いていた。なんなんだろうな、やる気はないけど、動いている。それが良いも悪いも感じなくなってきている。子どもも妻も、元気に動いている。それでいいではないか。それ以上、望むものはないので、仕事なんてやらなくてもいいんじゃないのか。本当に何がしたいのか、自分の心に聞いてもわからない、わからない、わからない。何がしたいのだろうな。 


「働く」というのは、端(はた、となり)を楽(らく)にする、という意味があるらしい。なぜ、自分が働くことに対してこんなにも考えなければ自分の存在にOKを出せないのか。なんかもう、疲れた。むいてもむいてもむき終わらない、タマネギのようだ。もう疲れた。誰と戦っているのだ。頑張ることの価値を、無、としたところで、楽しくもなければ、何かを生み出せるわけでもなければ、子どもが楽しくなるわけでもなければ、妻が頑張らなくてよくなるわけでもない。何がしたいのか。


頼もしい、一歩。 


考えが深まっているとは思えない。お金の心配をなくすために節約を頑張った。その結果、誰がやっても同じ結果にたどり着くことがわかり、じゃあ何のために働き、何のために生き、何のために死ぬの?金のために働く、金を得ることが、今はもうすでにできている、じゃあ何のために成長するの?学ぶの?生きるの?そもそも、金、というのも人間の作り出した幻の概念であり、それをたくさん稼ぐと偉い、まあ偉いまで行かなくても、わりと何でもできる、幻を取引して、命という幻と引き換えている。当然、自分も幻としての存在だ。いてもいなくても、代わりはいて、いてもいなくても代わりはない。自分の感覚は自分だけのモノ、というが、その自分自身が、幻である金の上に成り立っている、当然幻であることは、疑いようのないことである。なんで、みんなこんなことを疑問に思わず、元気に過ごせるのだろうか。不思議。自分が心に穴が開いている存在だと、なぜ疑うことなく生きていられるのか。普段は徹底的に自分が無の存在であることなど、疑問にも思っていなかった。やりたいことがある気がしていたし、欲しいものがある気がしていたし、頑張れそうな気がしていた。今は、それら全てが幻想でしかなかったと思える。地位も、富も、名声も、人気も、努力も、力も、価値は全て同じもの、あっても、なくても、全ては幻の上の存在であるので、そのどれもが当然、幻である。そんな世界に存在し続けることの、意味って何だろう?もうクリアしても、つまりおわりにしてもいいんじゃないの、ってね。


頼もしい、一歩。 


虚無主義に囚われている。稼ぐ、虚しい。儲ける、虚しい。楽しい、虚しい。おいしい、虚しい。頑張る、虚しい。できる、虚しい。できない、虚しい。ゲーム、虚しい。スポーツ、虚しい。文章、虚しい。創作、虚しい。やる気、虚しい。ブログ、虚しい。動画、虚しい。見る、虚しい。やる、虚しい。料理、虚しい。読書、虚しい。仕事、虚しい。寝る、虚しい。勝てない、虚しい。薬を飲む、虚しい。病院、虚しい。音楽、虚しい。経営、虚しい。大企業、虚しい。会社、虚しい。学校、虚しい。片付け、虚しい。負け、虚しい。勝ち、虚しい。電気、虚しい。電話、虚しい。本、虚しい。できることがない、虚しい。やることがない、虚しい。食べたいことがない、虚しい。稼いでやりたい、成し遂げたいことはない、虚しい。時間がある、虚しい。うれしい、虚しい。節約、虚しい。上手に字を書くこと、虚しい。

野球、おもしろい。9回3ボール2ストライク2アウトというのは、なぜこんなにも心が踊る。結果が見えないというのはとても幸せなことである。自分のことはこんなにも虚しいのに、野球はこんなにおもしろく感じる。おもしろさや楽しさや安心のために生きているから、それが保証されてしまったら、それ以上にも以下にもならない。無痛主義は人間を殺す。生きていることと死んでいることを同質にする。小手先のライフハックというのは、心を殺して実益を取る方法なのかもしれない。ムダなこと、やろうではないか。ムダなことを、味わおうではないか。


頼もしい、一歩。 

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