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一日中、運転していた。診断書をもらいに縦横無尽。明らかに疲れた。午前は車内カラオケで乗り切ったが、どう考えてもネガティブな記憶が消せなくなり、東海オンエアの『888月』がランダムで出てくるまで暗くなってしまった。ありがとうリサイタルズ。

めちゃくちゃ疲れた。ハッキリと疲れた感じが出たのは久しぶりだ。こういう時はあらゆるルーティーンをすっぽかして寝るに限る。......のだが、雀魂と、スマブラでプリンを使うという不毛なことをしてしまった。もはや自傷行為だろう。早くに切り上げて、寝ることにする。


頼もしい、一歩。 


朝は、やはりやる気が出ない。子どもと妻の楽しそうな声の聞こえるリビングに、入っていける気がしない。そして眠い。一回、8時に起きて、10時に朝食、13時半に昼食、もう一回寝て、という幸せなのか不幸せなのかわからない生活が続いている。

職場から電話があった。復職できるかという打診だったが、断った。この連絡に、午後いっぱい神経を使わされてしまった。が、きちんと言うことは言えたので偉い。自分のことは、とりあえず自分が一番考えてあげよう。

とにかくアニヲタwikiの文章に目を滑らせている。楽しくもないし、つまらなくもない。新しい発見もないし、知らなかったことが知られるようになるわけでもない。

妻の作る料理がどんどんおいしくなっている。担担うどんに、ガリバタチキンステーキと、どちらもめちゃくちゃおいしかった。子どもの体調もあまりよくない中で、頑張ってくれている妻には感謝しかないし、何かをしてあげたくなってくる。時折、なんでこんなに頑張れるのか不思議になっている。愛想をつかされても仕方がないとは思うのだが、本当に、ありがたい、以上出てこない。風呂に入りながら考えたが、違う仕事に戻る、ではなく、元の仕事に戻る気持ちで日々を過ごしていく方が精神衛生上いいのかもしれないので、そうしてみる。とりあえず元の鞘に収まる気持ちで過ごして、その先に負担のない仕事を考えるようにすれば、治るの自体はラクなのではないかと考えた。最短を繰り返して、遠くに行こう。


頼もしい、一歩。


自分は無気力、そこから脱出できていない。朝に水やり、カレー作りをした後、youtubeを流しながらぼーっとし続ける。昼寝もできない。午後には髪を切って、トマトとラベンダーを買って、植えた。心の中ではやる気がないが、表向きはきちんと動いていた。なんなんだろうな、やる気はないけど、動いている。それが良いも悪いも感じなくなってきている。子どもも妻も、元気に動いている。それでいいではないか。それ以上、望むものはないので、仕事なんてやらなくてもいいんじゃないのか。本当に何がしたいのか、自分の心に聞いてもわからない、わからない、わからない。何がしたいのだろうな。 


「働く」というのは、端(はた、となり)を楽(らく)にする、という意味があるらしい。なぜ、自分が働くことに対してこんなにも考えなければ自分の存在にOKを出せないのか。なんかもう、疲れた。むいてもむいてもむき終わらない、タマネギのようだ。もう疲れた。誰と戦っているのだ。頑張ることの価値を、無、としたところで、楽しくもなければ、何かを生み出せるわけでもなければ、子どもが楽しくなるわけでもなければ、妻が頑張らなくてよくなるわけでもない。何がしたいのか。


頼もしい、一歩。 


考えが深まっているとは思えない。お金の心配をなくすために節約を頑張った。その結果、誰がやっても同じ結果にたどり着くことがわかり、じゃあ何のために働き、何のために生き、何のために死ぬの?金のために働く、金を得ることが、今はもうすでにできている、じゃあ何のために成長するの?学ぶの?生きるの?そもそも、金、というのも人間の作り出した幻の概念であり、それをたくさん稼ぐと偉い、まあ偉いまで行かなくても、わりと何でもできる、幻を取引して、命という幻と引き換えている。当然、自分も幻としての存在だ。いてもいなくても、代わりはいて、いてもいなくても代わりはない。自分の感覚は自分だけのモノ、というが、その自分自身が、幻である金の上に成り立っている、当然幻であることは、疑いようのないことである。なんで、みんなこんなことを疑問に思わず、元気に過ごせるのだろうか。不思議。自分が心に穴が開いている存在だと、なぜ疑うことなく生きていられるのか。普段は徹底的に自分が無の存在であることなど、疑問にも思っていなかった。やりたいことがある気がしていたし、欲しいものがある気がしていたし、頑張れそうな気がしていた。今は、それら全てが幻想でしかなかったと思える。地位も、富も、名声も、人気も、努力も、力も、価値は全て同じもの、あっても、なくても、全ては幻の上の存在であるので、そのどれもが当然、幻である。そんな世界に存在し続けることの、意味って何だろう?もうクリアしても、つまりおわりにしてもいいんじゃないの、ってね。


頼もしい、一歩。 

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