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突然、話しかけられた。ここではコウイチさん、としておく。同じくうつ病だ。どちらかというと眠れない症状らしく、分けてあげたいくらいだった。内容は、カネ、病気、この病院のこと、家、仕事といったところだろうか。11時から、お昼ご飯を挟んで14時くらいまで話の場にいた。言葉は思いつくが、眠い!風呂に呼ばれて終わりになったわけだが、足先がビリビリするような、むずがゆいような感覚になる。むしろ、自分はよく会話ができたなぁと思う。本能的にトーク向いていない。症状としても真逆だし、タイプも逆、でも病名は同じだ。

月末に退院して通おうかと思う、と主治医に言った。あ、じゃあ連絡してみてください、と軽いカンジだ。希死念慮もないし、眠くなるかもしれないがほとほと飽きてきたので、とりあえず助かった。この後、実家に電話する。それを聞いていたコウイチさんが「戻れるといいですね」と言ってくれた。「確かに、妻と子どもはよろこぶかもしれませんね」と返した。
いや、おかしいだろう。退院って、たしかうれしいもののはずだ、と思ったのは自分が風呂に入ってからだった。でも、これが今の自然の感覚だ。これがどんな風に変わっていくのか……。それとも、このままか。

『十津川警部 湖北の幻想』、えーっ!!というところで終わった。端的に言うと、これから犯人に証拠をつきつけるぞ!で終わった。シャーロキアンのぼくからすれば、ここから犯人のうろたえ方、またその後の余韻が大事なんだけど……。あと「、」が多いのも、検索したら引っかかった人が知恵袋で質問してた。わかる。


頼もしい、一歩。

西村京太郎『十津川警部 湖北の幻想』を頑張って読んでいる。おそらく、この十津川警部はシャーロック・ホームズのような「警部というものの概念」なのだろうけど、いかんせん選んだものが戦国時代末の小説内小説があって、途中で投げそうになってしまった。あと、この作家は「、(読点)」の打つ回数が多い。何となく慣れてしまうが、この人の真似をして文を作る気にはならない。本も、売れなければ見にくい、だが売れればそれはスタイル、である。

簿記3級アプリを続けている。総合問題から始めてしまい心が折れたが、勘定科目ごとにやればまだやる気が起きる。当座預金=小切手、これは引っかけすぎる。あとクレジットの取引をクレジット売掛金、みたいに別で書くのは、さぞ大きな意味があるのでしょうね?これはないだろ、と疑っているのである。売掛金でいいじゃん。

ナンプレの本が難しすぎてやる気が出なくなっている。応用を学べる気が全くもってしない。詰将棋の本も、見る気がしない。戦ってる感がほしいんだけど、始めから追い込んだ状態にされても、ねぇ。そこまでが面白いのではないか。

牛皿が出た。コンニャクを、せめてしらたきにしてほしかった。でも、肉はウシ!という味がしておいしかった。体に悪いものを欲している。せめてコーヒー、できれば菓子パン、それか焼肉。ここまでクリーンな体も珍しいのに、それを崩したがる、まさに凡夫。あきれるを通り越して笑える。

夕食を食べている時、ほほえめそうだった。


頼もしい、一歩。

エロい気持ちが湧いてくるのを感じる。DMMのサムネイルを開いたり、「巨乳  美人」いや、巨乳の逆を探したい、「スレンダー」か、いや違う……。こんなことをしているとバッテリーが減っていく。結局、サムネイルを見るのが1番早い。画像も粗いし内容も雑だし。

フィルタリングをかけておいて本当によかった。そして、やたら防犯カメラが気になるのでほどほどにしておく。まあ、もう見られてもいいけど。

LINEの返信もできた。このあたりの抵抗感もなくなってきている。なんというか、ノーモーションでイケる。今までは、頭の中で練らなければならず、それをワーッと書くカンジだった。

『暗殺教室』2回目を読む。内容が分かっていても、つまる(つまらないの逆)。松井先生の絵がちゃんとうまい。渚とか杉野とかカルマあたりの男の表情も、アップに耐えうるカワイカッコよさを出せている。ネウロは推理ギャグマンガと思っているので、絵は二の次だったが、うーん、うまい。

『ガンジー』の後半を読む。60歳後半に2次大戦、そしてネルーの台頭、その顧問役、パキスタンの分離と、起きていることのダイナミックさがすごい。この生き方の参考にできる部分はどこなのか、見当もつかない。でも、それではもったいない。よく話し、考えの軸をもち、名声に流されないことは、こんな未来も見せるのか。という典型例として考えておく。

部屋の外に出る利用者が増えてきた。韓流ドラマは、叫び声や何かを叩き割る音が多く嫌いだ。そもそも、自分が理不尽と感じる怒りが嫌いだ。こんなんで仕事、できるのか。


頼もしい、一歩。

診断書を書いてもらって、日付を統一してもらうことに成功した。もし異なるカンジにしてもらいたかったら、してもらえばいいのだ。遠慮はいらない。なんというか、辞めると口に出すのはなぜかすがすがしい。この先が大変であろうとも、分かった上でだ、、、。

『ベストカー』を読んだ。どうやらプリウス新型はしっかり売れているようだ。あの前面がトレンドになって、安いクルマでもあのライトのつき方をする頃に、車の買い替えを考え始めることにしよう。あと、流れるウインカーってちゃんとした装備なのか。あれが必ず改造車って訳じゃないのが意外だし、ただ流行らなかっただけみたいだ。

シャワーをした後に、ここまで1回も切っていなかった爪を切った。足のは伸びていなかった。1回では切ることができない。白い部分がありすぎるのだ。一気に爪がなくなるのは、爽快だった。以前、母が小指の爪だけ伸ばしていたのを、なぜか思い出した。あれにはまじない的な何かがあったのではなかったか。今はもう思い出せない。

『ガンジー』を読んだ。世界史で学んだ時も思ったが、なかなか矛盾をはらんでいる人だ、なんだったら、ガンジー自身世の人のイメージするガンジー象に寄せて行動しているんじゃないかとも思えてしまう。その意味で、やり切ったということが、ガンジーのガンジーたるゆえんなのだろう。誰にでも分かる形で行動に表すということが、練りに練られたものであるのが、面白いと思う。


頼もしい、一歩。

派遣社員について調べてみた。副職で稼ぐ、だとかキャリアの足しにする、だとか空白期間を作らない、だとかなんとか……。

キャリアの足がかりにする、というのはとても分かる。定職なし、根無し草みたいな、、、。そもそもそういうのに抵抗がないから前の仕事をしてきたけど、この近くでそんなところがあるのか?柔軟な働き方を支える働き口がないような気がする。いや、気がするだけで聞いてみればありそうだ。そこで営業でも事務でもやってみればいい。営業ってできるのかな……。

『うつくしい人』をもう一回読み、レビューを見ていた。主人公に共感できない、とか、暗い部分が長い、とか、著者が病んでいた、とか。いやいや、これが一番分かりやすい、救われる話だからね。西さんの他の小説と比べたら、一体何が言いたいんだ感がない方だと思うよ。だって明確に主人公の変容があるんだから。しかも短い。入門にとてもいいのにな。前読んだ時よりも、おじさんとマティアスのキャラが濃く感じた。こんなだったかな。ただそれは主人公の心理が大きく描かれていることの裏返しでもある。

妻から電話が来た。つくづくお役所仕事なので、この電話も仕方がない。全面的に共感はするが、ただ、自分がもう一度やるイメージは湧かない。爪も髪も(ボウズだけど)伸びてきた。1度も切らずにここまで過ごしているが、案外大丈夫なものだ。明日はシャワー。なんというか、いつまでここにいたらいいのか。それは誰が決めるのか。


頼もしい、一歩。

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